1日1ジョーク

創作アメリカンジョークを公開しています。1日1更新。

タブーを無視するアメリカンジョークこそ、現代社会に必要ではないかという話

アメリカンジョーク(特にブラックジョーク)はタブーを無視するのが特徴です。

生死や差別、偏見に関することなど、公の場で言ってはいけないことを平然とネタにします

それらのネタを見て、眉をひそめる人もいるかもしれません。

それらのジョークが、差別を助長すると考える人もいるかもしれません。

しかし、本当にそうなのでしょうか。

タブーを口にしないのは誰のため?

タブーとは、口に出してはいけないことです。

どうして口に出していけないのか。

もともとは、人を傷つけないための配慮だったのだと思います。

だけど現在では、自分が傷つかないための配慮になっています。

今はタブーを口にした途端、SNSで叩かれ、社会から抹殺されます。

そうならないように、発言内容に気を使い、ビクビクしているのです。

一方叩いている人は、正義のためにやっているつもりでいます。

自分はいいことをしていると、酔いしれています

叩くことが快感すぎて、誰かが口を滑らすのを待っているような気配すらあります。

彼らは言葉狩りをしてどんどんタブーを増やしています

しかし、タブーばかりで誰も何も言えない社会が理想の社会と言えるのでしょうか。

ネタにできる身体的特徴と、ネタにできない身体的特徴

絶対に笑ってはいけないトレジャーハンター24時に、乙武さんが出演していました。

乙武さんは、身体障害者の笑いの壁について語られていました。

自分の髪が薄いことや、太っていることをネタにしている芸人さんがいます。

しかし、身体障害者の人が、例えば自分の足がないことをネタにしても世間は受け入れません

同じ身体的特徴をネタにしているのに、障害に関してはネタにできない空気があるのです

その壁を取り払いたいと乙武さんは話していました。

もっともな意見だと思います。

身体障害者の話題は、ある意味タブーです。

彼らの悪口をちょっとでも口に出そうものなら、一瞬で社会から爪弾きにされます。

誰かの失言をてぐすね引いて待ち構えている正しい人間の、格好の餌食になります。

だから身体障害者の話題が出たときは、みんな当たり障りのない、毒にも薬にもならないコメントをしてお茶を濁します

そうやって身体障害者を腫れ物扱いする空気感が、彼らが自分の障害をネタにする上で一番の障害になっているのです。

つまり、自覚しているかしていないかはさておき、「障害者の悪口言うな!」と正しい行動をしている人間が一番、身体障害者にとっては邪魔な存在だということです。

タブーという一線を引いて彼らを守っているつもりが、実は閉じ込めてしまっていることに気づいていないのです。

叩かれるドラマと、叩かれないドラマ

乙武さんの話を聞いて、昔世間からバッシングを受けていたドラマを思い出しました。

児童養護施設を舞台にした「明日、ママがいない」です。

現実とかけ離れ過ぎている、というのが批判の理由でした。

私は、何故このドラマだけが叩かれるのか分かりませんでした。

ドラマはフィクションであり、現実と違うことはよくあることだからです。

むしろ、現実と似ていることのほうが稀でしょう。

例えば相棒は、警察がひどい扱いで描かれています。

刑事は取り調べのときに恫喝していますし、上層部は自己保身しか考えておらず、不祥事をもみ消すことは日常茶飯事。

フィクションだとしてもやり過ぎに当たる内容ではないでしょうか。

ですが、私は相棒にクレームが来たという話は聞いたことがありません

「本当の警察官はもっと真面目だ」とか「警察上層部だって国民を見て仕事をしている」とか、なぜみんな相棒のことを批判しないのでしょうか。

現実に即していないという理由で「明日、ママがいない」が叩かれるなら「相棒」も叩かれるはずです

やっぱり相棒に出てくる警察は現実に即しているということなのでしょうか。

「明日、ママがいない」が叩かれたのは、児童養護施設の子どもたちが世間的に弱者とされているからでしょう。

でもそうなると、それらの題材は表現の幅が狭まってしまいます。

今後、児童養護施設をドラマの舞台にすることは難しくなるでしょう。

そもそも、弱者(という表現が私は好きではありませんが)を腫れ物扱いすることが本当にその人たちのためになるのでしょうか。

乙武さんの話のように、彼らを守っているつもりが、大きなお世話をしているだけにならないでしょうか。

弱者だろうが強者だろうがみんな平等に扱うのが、本当の意味での差別のない世界だと私は思うのです。

 

余談ですが・・・

相棒の件は、批判はなくともさすがに警察の人はおもしろく思っていないだろうと私は考えていました。

自分たちが保身しか考えていない人間として描かれているのですから当然です。

そんなある日、道を歩いていたら警察官募集のポスターが目に止まりました。

相棒とコラボしていました

・・・えっ

私はしばらく言葉を失った後、このポスターを作った人は実際に相棒を見たことがないのだろうと自分を納得させました。

どうやって閉じた蓋を開けるか

物事をタブー化するということは、蓋をしてしまうということです。

臭いものに蓋をするならまだわかりますが、臭いものではないのに、です。

蓋をされた方はたまったものじゃありません。

一度蓋がされてしまうと、なかなか開けることができなくなります。

そのうち周りの人々は臭い物だと判断して、近寄らなくなります。

いい気持ちでいるのは、蓋をした人間だけです。

その蓋を開けることができるのが、ジョークの力だと思うのです。

普通に開けようとしたら、狙撃されて殺されてしまいます。

ジョークであれば、気づいてたら開いていたという状況を作り出すことが可能だと思うのです。

そういう意味で、タブーに切り込むアメリカンジョークには大きな可能性があると考えています。

まとめ

アメリカンジョークで、タブーをなくそう。

 

そもそも差別が生まれる原因は頭が悪いからなので、みんながアメリカンジョークを楽しむ世界では差別は存在しないはず・・・というような話もどっかで書ければと思います。